蒼夏の螺旋

  “北帰行のころ”
 


そこは少しばかり寂れた田舎の里で、
冬枯れした野と山と、
それから大きな湖とがある風光明媚な土地だった。
夏場の避暑地として多少ほど訪れる人がある他は、
静かなばかりの閑散とした土地だったが、
何とか凍らぬ湖で、
もっと北からやって来て越冬していた鳥たちが、
春の訪れを感じると、次から次、飛び立ってゆく様は有名で。
そういや、いつだったか、
そんな頃合いにと外部から来ていた珍しい客人があった。
あまりに寒いからだろう、
自分が羽織った外套だけでは足りないか、
コートの懐ろへもぐり込む小柄な連れなのを。
しょうがないなぁと苦笑をしつつも、
どこか幸せそうに目許たわめて見下ろしていた青年という二人連れであり。
何事か小声で言葉を交わしつつ、見つめ合う眼差しが、
まるでこの世に互いしかいないのだと言わんばかりの、
哀切こもった真摯さを見てしまった者へと伝えて来たものだった…。




      ◇◇◇



寒暖の差が日毎夜毎という目まぐるしさで変わりまくった、
それは忙しなかった冬は。
そのまま依然としてぐずぐずと居残りたいものか、
彼岸を越えた頃合いになっても、
冷たい雨を降らしたり、重苦しい曇天を続けたり、
新しい季節と年度を前にした人々へ、
文字通りの水差すようなお日和を寄越し続けており。

 「センバツ、今日も中止だってさ。」

最近はお天気の情報も時間刻みのこまやかなそれになったせいか、
現地でもさほど強くは降っちゃあいない内であれ、
随分と早い時間に中止決定が下されるようになった高校野球で。
朝のニュースの中でそのお知らせを聞いた奥方が、
あ〜あと詰まらなさそうな声を出す。

 「そう腐るな。」

すぐにも新学期だってのに、
冷たい雨に濡れて風邪でも引いちゃあかなわんだろと。
そちらさんは新聞を広げながら、
いいお声を寄越して来たゾロであり。

「どうせなら、
 いいコンディションでのゲームをさせてやりたいじゃないか。」
「う〜、まあ…それはそうなんだけどもさ。」

 スタンドの応援団だっているんだし。
 あ・そかそか、
 そっちは動き回らねぇんだ、寒いのはやだよな…と。

やっとのことで何とか納得に至ったらしいルフィが、
芸能関係のニュースが始まった民放のモーニングショーから、
チャンネルを○HKへと切り替えたところが、

 【 …ということです。では、海外から絵画に関するトピックスを。】

微妙に洒落?みたいな言い回しをしたアナウンサーさん、
本人は気づいていないものか、
落ち着き払った表情のままでいた画面がパッと切り替わり、

 【 オランダの▽▽で、
   ○○○地方の画家たちの作品を集めた展覧会が催され、
   連日千人近い入場者を集める人気を博しているそうです。】

説明にのって映し出されたのは、
柔らかな照明により
暖かい雰囲気の満ちた美術館だろう施設内の様子。
そちらもまだまだお寒いか、
ニットのマフやコートをまとった姿の人々が、
広々とした展示室にて
ゆったりと過ごしている模様が取材されていて。

 【 科展受賞者作品と共に、△△△派の作品も特別展示されており。
   中でも、この季節のこの地方には縁の深い、
   白鳥たちの北への帰還、
   湖から次々に飛び立つところを描いた一枚が、
   親しみある優しい画風から人気を博しているそうです。】

ナレーションは二の次で、
画面へと次々に映し出される優しいタッチの油彩画や、
それらを楽しそうに見やる人らのお顔、
こちらも ほこほこと眺めていたらしいルフィであり。

 “そういや、近場で絵画展とかがあると、
  PC教室の子供らと出掛けてるって言ってたよな。”

スポーツや行楽、
体を動かすことが好きというイメージが強い奥方だが。
そういえば、我流ながら絵を描くのも好きなようで。
なかなかに個性的なイラストを、
知人への年賀状や暑中見舞いへ描き足してもいたような。

 “春休み中に何か催しがないか、チェックしとかにゃだな。”

ちょっと前までなら、
百貨店やショッピングモールなんぞが
常設の展示スペースを設けていて。
半月ほどの期間、印象派展だのエルミタージュの至宝展だの、
客寄せも兼ねてか頻繁に催してもいたのだが。
それもまた不景気の影響なのか、
物産展や駅弁大会は催しても、
そっちは次々に閉館に追い込まれてしまってて。
美術館以外での展示会はそういや減ったなぁと、
企画部所属という肩書からも、
そんな実感、抱えておいでのご亭主だったものの、

 「…………………あ。」

ふと、テレビに見入っていた奥方が、微妙な声を上げたもんだから。

 「? どした?」
 「あ、あ〜〜〜、ああ、いや。何でもねぇ。」
 「…………る〜ふ〜ぃ。」

どう聞いたって“何かある”誤魔化しようだろうがと、
広げていた新聞を畳みながら、
そちらをじっと見据えてかかれば、

 「  、…………いやあの、だから。」

言を濁すばかりで一向に埒が明かないと感じてのこと、
ゾロが取った対処は1つ。
手元にあったテレビのリモコン、
ちょちょいと操作し、音量を上げれば、

 【 優しいタッチの油彩で、
   湖面を飛び立つ白鳥たちと、
   それを湖岸から眺めやる人物とを描いたこの作品は、
   10年前の科展にて入賞した、〜〜さんの作とのことで…。】

画面には話題の作品とやらが大きく映し出されているところ。
成程、写実的なような、印象派風でもあるような、
やわらかな筆致による油彩のその作品は、
まだまだ冬の気配が満ちているはずな北寄りの里の早い春を、
それはそれは優しく描いていたのだが。
濃い青や藍色でモザイクのように描かれた水面を飛び立つ白鳥たちを、
画面の奥向き、
描いた人の位置からは向こう岸に立って眺めている人物がいて。
肩から腕へと降りる曲線もなめらかな、
マントか若しくはインパネスのついた外套を羽織った青年が、
その懐ろに弟だろう小柄な人物を取り込んでおり。
大方 寒さが思ったより厳しかったのでと、
そんな風な甘え甘やかしをしたものと思われるのだが。

 【金の髪に青い眸の青年と、黒髪に黒い眸の小さなお連れは、
  里の外れの別荘に冬の間だけ滞在していたのだが。
  時折、哀切のこもった眼差しで互いを見やっていたのが、
  どうにも印象深くてね。】

そんな内容の、画家へのインタビューまで続いたのへと、
何故だかお耳を赤くしたルフィだったということは。

 「…もしかして、あれは。」
 「うん…俺とサンジだと思う。////////」

何だよ、あんなコメントなんか付けたりしてよ。
そんなそんな ろまんちっくな滞在なんかじゃなかったもんよ。
サンジってば、
そんな得意でもないくせに寒いトコへ行きたがってよ。
今にして思えば、
ナミさんがいたアラバスタが雪に閉ざされてた里だったんで、
それを思い出してたんだろけどよ……と。

 「〜〜〜〜。//////」
 「判った判った。不本意なんだな、つまりは。」

むうとむくれる奥方を、
お膝へ抱えてやってのよしよしと宥めて差し上げて。

「けど…隠し撮りじゃあないんだ、
 描かれてるなってことへ気がつかなかったんか?」
「全っ然。」

ぶんぶんとかぶりを振ったルフィが言うには、
小綺麗な別荘に留まっていた間、
そういや毎朝、
あの湖を見に行く散歩に出ていたような…とのことで。

「サンジがPCにかかりっきりって仕事してたから。」
「…そっか。」

体をほぐす運動の一環だったらしいのだが、

“この手の絵ってのは、
1日2日で仕上がるもんじゃなかろうに。”

イメージだけ記憶しといて後から描くむきの人もいようが、
先程のインタビューからして、
それが誰なのかが判るよな頻度で、
ちょくちょく見かける人影だとして描き込んだようであり。

 「?? どした、ゾロ?」
 「…………別に。」

それが世間からの逃避行にまつわるお話であれ、
何とはなく面白くないものを、
感じかかってしまったご亭主らしかったのだが。

「十年前の絵かぁ。
 今もあんまり変わってないんじゃあ、
 変だって思われるんだろうな。」

「………☆」

そんなお言いようを続けたルフィだったのへは、
ハッとして…それから、

 「……ゾロ?」

小さな奥方をすっぽりと、
自分の懐ろへと掻い込んでの抱き寄せて。
後ろ頭や小さな肩やら背中やら、
よしよしよしと、
暖かくって大きな手で
撫でてくれたりするものだから。

  ―――変なゾロだなぁ。でも、ま・いっか。////////

寛大にも許して差し上げたりする、
奥方だったのであった。


早く暖かくなってほしいような、
ああでも寒かったなら、
こうやってても
甘えただなと言われたりしないんだな、と。
複雑な気分も抱えつつ……。





  〜Fine〜  10.03.26.


  *明けない夜はないと言いますが、
   原作様は一体どこまでボルテージが上がるのか。
   これでもかこれでもかと
   目まぐるしい攻防が繰り広げられておりますが。
   この混沌・錯綜した現状を打破するべく、
   とんでもない人が飛び込んで来ましたね。
   せめてルフィを逃がさにゃあという点へ、
   一致団結していた海賊陣営ですが、
   約1名ほどはそのままそこで色んな人から決着つけられるか、
   若しくは置き去られていんじゃないかと思っていたらば、
   浅からぬ因縁のあるお人が……っ。
   そのころの麦ワラの一味は…なんてターンはまだかと思ってたけれど、
   いやいやいや、これは決着を見ないとと、
   ころっと主旨替えしちゃった、
   しょうもない奴だったり致します。


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